『武家の女性』親類のおばさん

水戸藩下級武士の妻 関口きく

『武家の女性』関口きく

 いつ見ても鬘かつらでもかぶったように後れ毛おくれげ一筋なく、なめたような丸髷に結い上げ、八十二で死ぬ時まで紅白粉べにおしろいを放さなかったくらいですからその身きれいなこと。着物を裾長に着なし、丈はすらりとして、まことに絵にかいたような奥様ぶりでした。

( 山川菊栄、2019、『武家の女性』岩波書店:116)

これは本家のおばさんのことです。

だれがつけたのか、「尼将軍」の名でとおっていました。

『武家の女性』には「親類のおばさんたち」という章があります。

関口きくの娘・千世からみた「親類のおばさんたち」が描写されています。

「親類のおばさんたち」に登場する三人の女性「家」の様子を抜き出します。

尼将軍

尼将軍は前の婚家を離縁されたあと、きくの夫の兄・延光の後妻になりました。

延光の先妻は一男三女を残し亡くなっています。

「尼将軍」は完璧な賢夫人のように感じられます。

ところが「尼将軍」は陰険でした。

継子いじめ、嫁いびり、親戚師弟の中傷などの事件をおこしています。

「尼将軍」の夫の身辺の世話については、囚人を監視するかのように、また同時に赤子のごとく、いたれりつくせりでした。

夫にとって「尼将軍」は欠かせぬ存在となっていました。 

先妻の子である跡取り息子は、継母である「尼将軍」への絶対服従を親孝行の精髄と考えていました。

家庭は完全に「尼将軍」 の独裁でした。

吉成のおばさん

吉成のおばさんとは、きくの妹「すゑ」のことです。

「すゑ」は、きくと違って如才なく、気の利く方だったのでどこにいっても冷遇されることはありませんでした。

嫁ぎ先の吉成の家は身分よく、きくの婚家とは比較にならない豊かさでしたが、水戸藩の内乱により収入を絶たれてしまいます。

「すゑ」は 二人の男の子と二人の女の子、お姑さんと出戻りの妹を抱えていました。

「すゑ」は姑に仕込まれ裁縫の名人だったので、呉服屋の仕立物をひきうけて賃仕事をして家を支えます。

「すゑ」の義理の妹

吉成のおばさん「すゑ」の義理の妹は出戻りです。

兄嫁の「すゑ」がせっせと内職をしている側で寝そべって草双紙ばかり読んでいます。

あきると生あくびをして

「さあおすしでもこしらえようか、それともお団子にしようかな」

などといって台所へ立っていきます。

三度嫁に入って三度とも先方から何にも言われない先に自分から出てきたという辛抱気のない人で、山川菊栄氏はこの義理の妹を「いささかできそこないの方で」と述べています。

武士の家庭

武士の家庭は身分によりいろいろです。

上層の武士は側室や腹違いの兄弟姉妹などもいる場合があり複雑です。

また、使用人を雇わねばならず、上層になるほどその種類や人数が増えます。

下級武士になると夫婦と子供だけの単純な小さな家庭も多かったようです。

姑との関係

姑がいる場合は家にずっと一緒にいることが多くなります。

武家の場合は、町家と違って姑や年寄とかいっても物見遊山や寺参りに外出することも限られます。

一家に姑が二、三人もいて、夫の弟妹や、妾や妾腹の子どもまで集まっているところでは、若い嫁さんはなかなか骨が折れるので、何をいわれてもハイハイといっている一方の、無抵抗主義にしつけておかれるのが一番安全でした。

山川菊栄、2019、『武家の女性』岩波書店:183

嫁入り婚と「家」制度

家と女性の歴史について研究している大竹秀男氏は、家族集団における女性のありようは嫁入り婚が普遍化することによって変わったとしています。

嫁入り婚になって女性は他家に嫁ぐ者という考え方が一般化します。

また、室町時代末期以後の武士層の間に「家」は個人を超え世代を超えて永続するものという意識が生まれます。

女性は他家へ嫁入りするので、いずれは「家」を離れていく存在です。

「家」を離れていく女性には、家を相続する資格も認めず、家領の分与も認めなくなっていきます。

江戸時代になって「家」思想が幕藩体制において制度化されます。

男子が「家」の家名とともに家禄、家業を相続し、原則として当主だけが勤務することとなりました。

大竹氏は、武士の家に生まれた女性は、大奥などにつとめて例外的に俸禄を給される場合を除き、当主である父・夫・息子の扶養と支配を受ける存在だったとしています。

 (大竹秀男、1989、『「家」と女性の歴史』弘文堂: 218ー22)

「家」との関わり

後妻として嫁いできた「家」を仕切る尼将軍。

禄を失った夫に代わり賃仕事で「家」を支えるきくの妹・すゑ。

再婚を繰り返し「家」に戻ってきて実家で暮らす・すゑの義理の妹。

三人は武士の「家」の女性たちです。

三者三様の「家」との関わり方がみえてきます。

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